そんなに優しくしないでほしい。
 どんな顔してみたらいいのか解らない、ハルナの顔がもう、自分は見れない。


「ハヤト」
「ハルナ…」
「どうして、オレの事避けるんだ?」
「それは―――」


 どうしてこうなっちゃったんだろう。
 どこで間違ったんだろう。
 もしも、あんな本読まなければ自分は―――今でもハルナの隣で笑っていられたんだろうか。




「プロデューサー!!これがオレへのプレゼント?」
「ああ、ハヤト、まだ仕分けしてないから触ったら駄目だよ」
「……そうなの?でも……」


 ライブが終わってみてみると、秋山隼人、と書かれた箱の中に幾つかのプレゼントが入れられていた。他のメンバーと比べてみるとどうしても少なく感じてしまうけれども、それでも隼人にとっては自分への特別なもの、と考えるととても嬉しかった。
「……こんなにいっぱいくれたのに」
 プロデューサーから危ないから触ったら仕分けしてないプレゼントは危ない、と言われた。理由が解らないが最初に見たプレゼントよりもずっと少なかったのを見てどうしてなんだろうかと想っていた。
「……プロデューサー、これなに?」
「ハヤト!駄目だよ!」
 危険なものだなんてないように感じて、隼人は誘われるように近くにあった本を手に取った。
「可愛い……俺達を書いてくれてるんだ!」
「は、ハヤト…その本は危険なんだよ、さぁ、渡して…?」
「プロデューサー、どうしてそんなこと言うの?凄くかわ……えっ」
 後から思えばプロデューサーの言う事を聞いておけばよかったのかもしれない。
 表紙には俺を絵にしたものがあって凄い可愛かった。どんどんメンバーが出てきて、春名らしいキャラクターと帰路していて春名の家に誘われて、話してるうちに春名と隼人は裸になりそのまま……
「な、なに、これ!」
「だから、ハヤト…危険だって言ってただろう?」
「だ、だって…こ、これ……は、ハルナと俺がえ、えええ、えっちなことし…して…」
「……ハヤト」
 顔を真っ赤にする隼人にプロデューサーは溜息を吐いて、「仕方ないな」と隼人の肩を叩いてそっと椅子に座らせる。
「プロデューサー?」
「ハヤト、プロデューサーとしてね、はっきり言えば親ばかかもしれないけど隼人も春名も旬も夏来も四季も凄い可愛いと思ってるし大切に思ってるんだ」
「…プロデューサー、う、うん!ありがとう!俺達もプロデューサーの事大好きだよ!」
「うん。でもね、五人はほんっとーーーに可愛いから変な事を考えるファンもいるんだよ!!」
「……へんなこと?」
 変なことってどんなこと?と思ってるとプロデューサーが「えっちなことだよ!!」と泣きそうな顔をしながら大声で言う。
「えっち…なこと?」
「…そう!!」
「でも、俺達、男だよ?」
「男とか関係ない!!五人とも凄い可愛いから!!男からも女からもそう見られちゃうの!」
「そ、そうなの?」
「そう!!」
「で、でも、男性ファンだけどラグビー部の人達はそんな感じしないけど…」
「ああ、彼らはハヤトのファンとしては見本みたいな存在だからね…」
 そう口にしながら、プロデューサーは『同時に彼らのお陰で隼人の変なファンが減ってるんだけどね…』と思い返す。
 更に口にはしないが特に隼人や旬を変な眼で見るファンは多いのだ。隼人が手に取った同人誌なんてまだ可愛いもの。酷い時には男の精液やら使い古しの玩具が入ってる事がある。
『ハヤトたんも毎日これを使って僕を思って』
『ジュンくんの上から下まで僕のでぐちょぐちょにしたい』
 だのお前ら頭は大丈夫か、といいたいようなものからえぐい内容まである。
「で、でも…この同人誌はハルナと俺がえ、えっちなことしてるけど…」
「この世の中には自分とじゃなく、メンバー同士でえっちしててほしいって人もいるんだよ」
「そ、そうなの…?」
 そう言われても隼人は釈然としない顔をしていた。
「そう。で、そんな危ないものから君達を守るのがプロデューサーのお仕事です」
「……」
「だからね、ハヤト。それは返しなさい?」
「……はぁい」
 隼人はプロデューサーの言葉に従ってそっと返した。
「……」
 良い子、と頭を撫でるプロデューサーにもっと、と言いたげに隼人は頭を更に押し付ける。その姿が可愛くてプロデューサーは更に頭を撫でた。
「あ〜!!ハヤトっちずるいっす!!」
「プロデューサー!!何してるの?」
「頑張ってるリーダーを褒めてるの」
「え〜〜」
「ハヤトだけじゃなく、ハルナもシキもジュンもナツキも頑張ってるから、なでなで〜」
「ちょ……べ、別に僕はいいです…」
「……ふふ、なでなで…きもちいい……」
 やってきた四人にもそっと撫でるプロデューサーを見て隼人もにこにこと笑っていた。



『メンバー同士で……』



 そう言われて、隼人は少しだけひっかかった。
 それはファンの一部から自分達はそう見られている、ということなのだろうか?そんなまさか。
 そう思いながらも隼人の疑念は止まらない。
「…それじゃあ、みんな送っていくから帰ろうか、と、今日はみんな頑張ったから叙々苑に行こうか」
「っ!え、ええっプロデューサーいいよ!?」
「いいのいいの、みんな遠慮しなくていいぞ〜」
「い、いえ!!本当にいいですので!!」
「プロデューサー…さん……無理…しないで…」
「ナツキ、どうしたの?そんな顔真っ青になって。大丈夫だよ〜ほら、行こうか〜!!」
 そう言って歩いていくプロデューサーに慌てて皆がついていく。
「……」
 隼人はちらりとさっきの本を見た。
 プロデューサーに見てはいけないと言われた本。
 けれど、なんだかどうしても気になって、隼人はプロデューサーに逆らってその本を自分のカバンに隠してしまった。
 プロデューサー、ごめんなさい!と思いながら。
「ハヤト?」
「…は、ハルナ!」
「行かねえの?」
「……い、行くよ!」
 そう言ってくれる春名は普通だ。なのに、自分は何を意識してるんだろう。
 隼人はそう思いながら春名の横に並ぶ。何故か胸はどきどきしていた。
 叙々苑に皆に入る。
 プロデューサーのお財布は大丈夫だろうか。違う意味でも胸の鼓動は早くなった。結局その日、隼人は春名の事とそれ以上にプロデューサーの財布の中身が気になって余り食べられなかった。
 他のメンバーも食べてなかった。




 地方のライブだったので、High×Joker全員でその後、前日からとってあるホテルへと向かった。
 セミダブルが2つある部屋が3つ。
 プロデューサーはどこでもいいというので、とりあえず5人でくじ引きを引いた結果、隼人と春名、夏来と旬、プロデューサーと四季という部屋分けとなったのだが昨日は特に気にしていなかったのに今となっては何故かドキドキして仕方ない。
「……ハヤト〜一緒に売店いかねえ?」
「う、ううん、俺はちょっと疲れちゃったから……」
「そっか、大丈夫か?」
「シキとか誘ったら喜ぶんじゃないかな?」
「それもそうだなー」
 春名はいつも通りだった。それが当たり前なのだ。おかしいのは隼人だということは解っている。春名が「それじゃあ行ってくるな」と売店へと向かうのを見届けて、隼人は鞄の中にいれた本をおそるおそる手にした。
「……」
 笑った隼人らしいキャラクターの表紙。
 先ほどはゆっくりと見れなかったので一ページずつ捲った。
 どうやらこのお話では春名と隼人は恋人同士らしかった。
 


『明日はバイトないから、ハヤト今日泊まりにこねえ?』
『うん』
 そう言って、本の中の隼人は春名の家らしい場所へと入っていく。
『来週のテストの勉強してる?』
『全然してない……』
『え〜ハルナ、大丈夫??勉強しなきゃ卒業できなくなっちゃうよ…』
『大丈夫だって!ハヤトと一緒にいたいし……』
『ハルナ…』
 そう言って二人が見つめあって、それからキスをしていた。
「――っ!!」
 キスして、そしてそのままベッドの中へと押し倒される。
『ハヤト……』
『うん、いい、よ?』
 な、なにもよくないし!!と隼人は思いながらもページをめくる手は止まらない。
『っ…』
『…ハヤト、どこ触っても感じちゃうんだな』
『だ、だってぇ…』
『まるで、ハヤト、俺の楽器になったみたいだ。』
『そんなこと、言うなよぉ……』
『あはは、いいじゃん。オレ専用のハヤト』
『ハルナ専用?』
『そう』
『……っ……じゃ、じゃあ、ハルナは俺専用?』
『そんなの―――』
 そう言って、キスしながらどんどん裸になっていく。
『当たり前だろ?』
 そして、その後は隼人が見たこともないようなえっちな展開が長いページをかけて書かれていた。
 マジックペンが出てきたり、お風呂場とか、キッチンとか……
「ぷ、プロデューサーの言うとおり、なんか頭お、おかしいよ……」
 隼人は何度も頭が爆発しそうになりながら、その本を読み切った。
 後書きには悪びれなく



『High×Jokerの秋山隼人君と若里春名君ってあんなに仲良いし絶対付き合ってると思うんですよね〜!!
そんな妄想が止まらなくてついつい書いてしまいました……
個人的に次回作は榊夏来君と冬美旬君の組み合わせも好きなので、4人が温泉でえっちする話とか書きたいです?』




 などと書かれていて、隼人は泣きそうになった。
 プロデューサーの言うとおり読むべきではなかったのだ。
 大体、春名はあんな事を言ったりするような男ではない。勉強は出来ないけれどもとても紳士で優しくて格好良くて、自分の憧れで―――


「……あ、あれ…?」  


 そう思って同人誌の中の春名ではなく現実の春名を思い出そうとして隼人は心臓が跳ねるのが解った。
 どうして?と自分に問いかけるものの、答えは出ない。
 きっと自分は緊張してるのだ。思い返せば全然夕ごはんは食べられなかったし。そう言い訳していると、
「ハヤト?」
「っ!!」
 思っていた人物が帰ってきて隼人は慌てて後ろを振り返った。
「お、おかえり」
「ただいま。ほら、ハヤト」
「……」
「いちごみるく。ハヤトも好きだろ?」
「……うん」
 するとスマートに春名は隼人にも飲み物を差し出してくれた。その姿を見て格好良いな、と憧れの気持ちを改めて感じた。
 まるで新しい音楽が勝手に奏でられて走り出すように隼人の心は高鳴る。けれども隼人はそれを単なる憧れだ、と思う事にした。
 それから春名とどうでもいい事を隼人は会話しているうちに疲れて意識を手放した。






「……ハヤト」
 ああ、いつのまに寝てたんだろう、と隼人は意識を浮上させた。
 春名の声が聞こえた。
「…ん……」
 ああ、起きなきゃ、と思っているが瞼がなかなか開かない。
「ハヤト」
「ハルナ?」
「ハヤト、おはよう」
 何かおかしいな、と思った。手を伸ばすとなぜか肌の感触がするのだ。隼人はなんとか重い瞼を開いた。
 すると、そこには―――


「おはよう、ハヤト?」


「……」
 一瞬時が止まった。
 裸の春名がいたのだ。
「昨日はすげえ盛り上がったよな」
「え、え?」
「ハヤトってば、あんなテクでオレを煽って……」
「……っ」
 その言葉に隼人は昨日見た本を思い出す。あんな本で起きた事を、覚えてないけれども自分と春名が現実にやってしまった?
 そんな馬鹿な。
 でもハルナが嘘を吐くとは思えない。
「……あ、あぁ……」
 がたがたと震える隼人に春名はにこりと笑う。そして、そっと手が伸びた。
 ああ、どうして、でも―――ハルナとだったら……そう想った瞬間、

「な〜〜んて、どっきり大成功!!」
「っすよ!」



「…え?」
 にこりと笑う春名とハンディカメラを片手に持っている四季が現れた。
「えへへ、驚いたっすか?」
「ハヤトってばすげえいいリアクションだったぜ!」
「……」
「って、ハヤト?」
「ハヤトっち、もしかして怒ってるっすか?」
「う、ううん……びっくりして」
「おいおい、男同士なんだからんな変な事あるわけないだろ〜」
「…っ」
 おとこどうしなんだからあるわけない。
 そうだ、自分だってそう思っていた。
 なのに、どうして自分は……
「それじゃあ、ハヤトもジュンとナツキのとこ行こうぜー」
「二人とも寝起き悪そうっすからね!楽しみっすよ!!」
「……う、うん」
 春名の横顔を見た。
 いつも通り、端整な顔つき。少しだけ年齢よりも幼く見えるけれども、それが彼の優しさを表してるように見えて、隼人は春名の顔が好きだった。
 顔だけじゃない、性格だって。
 いつだって優しくて、自然と他人を気遣う春名に何度助けられただろうか。
 昨日までともう同じに見れない。
 そんなわけがない、と思うのに、心臓が勝手に動き出す。
 だって、ハルナがあんなことするから。
 本だけなら笑い飛ばせたのに。春名がまるで自分とあんなことしたかのような冗談言うから―――そう自分に言い聞かせて、隼人はなんとか気持ちに蓋をしようとした。


 それは無駄に終わったのだけれども。



 気がつけば隼人は春名を避けるようになっていた。
 無視する、という意味ではない。
 いつもは自然と隣に座っていたのに、別の人の隣に座る様になったり、じっと見つめているのに目が合いそうになると逸らした。
 あれから隼人はよせばいいのに、自分達はどう思われてるんだろうかと、自分と春名の名前、そして様々なワードで検索した。
 そこにはあの本よりも酷い内容の話もいくつもあって、隼人は自分達が世間からどう思われてるのか思い知らされた。
 それならばなんとか誤解を解かなければといいわけして、春名を避けるようになってしまった。
「……ハヤト、ドーナツ…」
「ご、ごめん、お腹いっぱいだから…」
「ハヤト?」
「本当にごめん、ハルナ!!」
「……」
 さびしそうな春名を見る度に自分は何をしてるんだろうと思ってしまう。
 春名を見ると胸が苦しくなる。鼓動が速くなる。会いたくないのに、会いたくて。早く明日になってほしいと思ってしまう。
 こんなのおかしい。
 近頃では夢の中であの本のような事をされるようになった。キスして、春名があの甘い声で『好きだよ、ハヤト』と言ってくれる。
 そして、夢から目覚めると虚しさで涙を流した。
 もういいわけできない。


 自分は、春名の事が好きなんだ、と。


 でもこんな事誰にも言えない。
 そんなに優しくしないでほしい。
 どんな顔してみたらいいのか解らない、ハルナの顔がもう、自分は見れない。  




 好きで好きでたまらない。
 元の友人に戻りたいのにどうしたらいいのか解らない。
 春名をこんな汚い目で見たくない。好きになんてなりたくなかった。元に戻りたい。あんな本読まなきゃよかった。
 そう隼人はぐるぐると何度も何度も自分を責めた。
「……学校行かなきゃ」
 行かなきゃ。
 行って何でもないふりを上手くならなきゃいけない。
 隼人は顔を洗って真っ赤に泣き腫らした顔をなんとかしようと笑った。実に歪なその笑顔が全てを語ってるような気がした。
 大好きなジャムパンを口に頬張って、学校への道をゆっくりと歩き出す。
「……ハヤト」
 何も変わりない道。
 だから、いるとは思わなかった。
 たまに会う事はあっても、
「…ハルナ」
 こんな風に待ち伏せされたことなんてなかったから。
「ちょっと時間ある?」
「……」
 珍しく春名が怒っていた。
 握られたその手は有無を言わせないものがあった。
「……うん」
 そう言って、春名は近くの公園へと隼人を連れていく。
「はい」
「……ありがとう」
 隼人を座らせて、いつかと同じようにいちごみるくを渡してくれた。
「……なぁ、ハヤト」
「うん?」
「オレ、ハヤトに何かした?」
「……別に何も…」
「……」
「……」
 そう、春名は何もしてない。悪いのは自分なのだから、と隼人は思う。
「じゃあ、知ってる?」
「え?」
「High×Jokerのリーダー秋山隼人がドラマーの若里春名と不仲だっていう記事」
「え……そ、そんなうそ―――」
「うそじゃないだろ?」
「……っ」
 そう言って春名はストローを紙パックにさしてちゅーと音を立てていちごミルクを吸った。
「……なぁ、ハヤト」
「ハルナ…」
「どうして、オレの事避けるんだ?」
「それは―――」



 どうしてこうなっちゃったんだろう。
 どこで間違ったんだろう。
 もしも、あんな本読まなければ自分は―――今でもハルナの隣で笑っていられたんだろうか。



「……オレが気に入らないことしたなら言って」
「ハルナは何も悪くないよ」
「じゃあ、どうして?オレ、ハヤトに嫌われるのは結構、つらい」
「……っ」
 そう言われて泣きそうになる。
 悲しいからじゃない、悔しいからじゃない。
 隼人は春名への想いが溢れだしてぽとりと涙を流した。
「……は、ハヤト?ごめ…いいす…」
「ちがう…」
「え……」
「ハルナは……なにもわるくない…」
「…ハヤト」
「ごめん、ごめん、ハルナ…」
「……」
「きたないめで、みてごめん。ハルナに、おれ、ひどいことした…」
「…?」
 春名は隼人が何を言ってるのか解らなかった。意味が解らない。
 避けた事だろうか?
 否、でもそういう雰囲気ではない。
 そもそも隼人は誰かに負の感情をぶつける人間ではない。ならばどうして?
 春名がそう思っていると信じられない言葉が耳に届いた。



「…ハルナのこと…すきなんだ…」
「……え」


 潤んだ目で頬を真っ赤にして、隼人はこの世の終わりみたいな顔をして春名に告げた。


「男同士なのに、こんな汚い感情もって…ごめんなさい……」  



 ハヤトガオレヲスキ。
 確かに男に好意を抱かれた事は初めてではない。
 お金がないと知ってる相手からは「一夜付き合ってくれない?」などと言われた事すらある。勿論冗談じゃないと、断ってきたし、逆に「抱いてほしい」というような変なやつに会った事はある。
 正直言えばどれもこれも気持ち悪かったし、嫌だと思った。
 でも、隼人の感情はそういうものじゃない事は解っていた。



 春名にとって隼人は特別だった。
 眩しい青春の象徴。
 失くしてしまって歪になった自分のパーツを拾い上げてひとつひとつ丁寧に綺麗にしてくれた、感謝してもしきれない、大事なユニットのリーダー。
 春名は隼人ほど純粋で綺麗な存在に会った事がない。
 そんな隼人が自分を好きだという。
「……ごめん」
「……ハヤト」
「すきになって、ごめんなさい」
 でも、自分は隼人をそういう目で見た事がない。どうしたらいいのだろうかと迷っていると隼人の美しい涙がぽろぽろと流れていく。
 そんな顔をしないでほしい。
 泣かないでほしい。
 自分は隼人の笑った顔が好きなのだ。泣いた顔だって綺麗だけれども、それでもやっぱり笑った顔が一番可愛いと思うから。
「……泣くなよ、ハヤト」
「……うっ…」
 ああ、どう答えたらいいのだろうか。
 どうしたら、自分は目の前の綺麗な涙を止めてとびっきりの笑顔に出来るのだろうか。




「……ハヤト、泣くなよ」
「ハルナ…」
「その……」
 どういえば隼人を傷つけないだろうかと考え続けた。
「……オレさ、ハヤトの事弟みたい…っとは違うけど」
 どういえばいいんだろう。隼人に対してのこのなんとも言えない想いを。
「……大事だし、大切にしたいって思ってる」
「う……ん……」
「……だけど……そういう目、では見れない……」
 ごめん、と言おうと思ったがそれは隼人の全部を否定するんじゃないかと思えて春名は唇を噤んだ。
「……ありがとう、ハルナ」
「……っ」
「ひとつだけお願いしてもいい?」
「……あ、あぁ!何でもいいぜ!」
「……じゃあ、目…閉じて貰ってもいい?」
「え」
「……駄目?」
「い、いや……」
 春名はそう言われてもしかすると、キスされるのかななどと思ったが、まぁそれで隼人が気が済むならいいか、とぎゅっと瞑った。
「……」
 隼人が近づいてくるのが解る。息の音がどんどん聞こえてくる。
 そして―――
「……ハヤト?」
 そっと隼人が春名の手を握った。
「……ハルナの手、マメ出来なくなったな」
「……」
「ドラム、上手くなった証拠だよな」
 そう言われて、確かにドラムを始めた頃は叩き方がおかしかったのか手に豆が出来ていた。
 でも、持ち方を研究して手への負担がなくなる叩き方を覚えてからはまったくなくなった。
 想えばその頃は隼人にテーピングして貰っていた。
「……はや――」
「あのさ、俺の事嫌いになってもいいから……」
「……っ」
「これからも、High×Jokerのドラマーでいてくれる…?」
 縋るような瞳でじっと隼人が春名を見た。
「……そんなの…」
「……」
「当たり前だろ」
「……ありがとう、ハルナ」
 ふわりと隼人が笑うのが見えた。
「……ごめん、もうちょっと目閉じてて」
「……」
「ごめ……ごめんな…」
 そう言って、隼人がすすり泣く声が聞こえた。
 抱きしめたいのに、慰めたいのに隼人はそうさせてくれない。
 その拒絶が、自分が振ったみたいなのに、まるで自分が振られたようだと思った。






 目を開けてもいいと言われた時には隼人の涙は止まっていた。




「えへへ、行こうかハルナ」
 そう言った瞬間、隼人の手が離れる。
「……」
 もうあの手を自分はおいそれと握れないのだということが何故か無性に悲しかった。



 それから、隼人は何も変わらなかった。
 避けてるのが嘘だったみたいに普通に接してくれて、むしろ自分の方がドキドキしてた。
「ハルナ、オレンジジュースでいい?」
「あ、あぁ……」
「……」
 ことりとちょっと遠くに置かれたその紙ジュースが隼人に気を遣わせてる、ということくらい解ってた。
 隼人の少し困った顔を見て、そんな顔をさせるつもりじゃないのにと自分に言い訳する。隼人はいつだって笑った顔が似合うのに。
「……あのさ、ハヤト」
「うん?」
「……あの……」
 笑って、だなんて言えない。
 ならどうしたらいいんだろうか。
「……数学のノート見せて貰ってもいいか?」
「えー、また寝てたの?」
「だってさぁ…」
「ジュンが聞いたら怒るよ」
 そう笑う隼人に、春名は良かったと思った。
「……」
 いったい自分はどうしてしまったんだろう。
 ずっと隼人を目で追っている。
 隼人だけ、を。
 自分でもおかしいということくらい解っていた。
 あれから隼人を意識している。それどころか夢の中に隼人が出てきたことすらあった。
 旬の家やロケの時に一緒に入った隼人の全身が瞼の奥に映る。
 そのまま、ゆっくりと隼人を押し倒し自分は隼人の額に、頬に、鼻に、幾か所にもキスを落とした。けれど、唇にだけはどうしてもできなかった。
 夢なのに、隼人の体は何故か甘くて、乳首を吸えばいつも以上に高い声がするのが気持ち良くて夢の自分は隼人の体を何度も何度も犯した。
「……っ」
 隼人の眸が涙の膜で覆われて、それが壊れそうになると自分の感情が高ぶって、やっと隼人の唇にキスを―――落とそうとする瞬間に、やっと夢が覚める。
「……あ……」
 それが毎日ではないけれども、繰り返される。
 自分のパンツが濡れている感覚がして、頭の中で何度も隼人に謝った。
 隼人はあんなに綺麗で、真面目で、自分が触れたらいけないくらい純粋な存在なのに、夢の中で自分は隼人を犯している。
 その事に耐えられなくて頭がおかしくなりそうだった。
 隼人を守りたいのに、自分が一番隼人に傷つけてしまいそうだ。
 けれど、隼人と約束した、High×Jokerのドラマーでいると。それは隼人の隣にいるという意味だ。
 なのにそれすら自分は上手くできない。



 だって、あの隼人が。
「ハヤトがオレの事好きだって言うから……」
 そう呟くけれども、だからどうした?と過去の自分が言う。
 何人に好きだって言われても心が動かされたことなんてなかっただろう、と。でも解ってる隼人は特別だ。
 自分に生きる意味を、青春のきらめきを、一生懸命やるって事の凄さを、夢を与えてくれた。
 この感情が何なのか解らない。
 でも、解る。
 隼人は自分にとって特別なんだってことは。
 でも、恋とか愛とかそういうものを自分は知らない。
 母ちゃんが大事で、それ以外は今まで等価交換のようなものだった。友達って言っても打算的なものもあったし、バイト先の人たちも優しかったけれどそれは自分が学生でいい働き手だったからということくらい解ってる。
 隼人みたいに自分が何も返せないのに愛情を注いでくれる人はいない。
 顔がいいとか、性格が優しいとかそんな表面じゃなく、もっと深いところまで隼人は自分を見て好きだと言ってくれている。
 それを解っているからどうしたらいいのか春名は解らない。


 ただ解るのは隼人の手にもう一度触れたい、傍にいたいということだった。


 一番近くにいられるんだから、これでいい。
 やがて隼人に相応しい女の子が現れるまでは、自分がまもってやらなきゃいけない。だって、自分はHigh×Jokerのお兄さんなんだから!と春名は自分にいいわけして、また蓋をした。
 辛いとか苦しいとかそういうものに蓋をするのが得意な子だった。
 それは無自覚だったし、春名はそうしてきたから、放っておけばいつしか忘れていった。


 だけれど、春名自身も知らなかった。
 本当に大切な想いは、蓋をしたって無駄だということに。



「……で、ハルナはどうする?」
「……え?」
「もう聞いてなかったのかよ」
 もう帰るけどどうする?と聞かれて春名は気がつけば旬達がいなくなってる事に気付いて、慌てて隼人の肩に並んだ。
「オレも帰るよ」
「えへへ、なら一緒に行こうか」
「あ…ああ」
「うん」
「……」
 前と同じ距離、なのに、こんなにも心が遠く感じるのはなんでだろう。当たり前だ。
 隼人のどこか曇った笑顔。
 違う、自分はこんな顔をさせたいんじゃない、隼人の笑顔はもっと―――春名がそう考えて、自分で何を考えようとしてんだろうか、と思った。
「それで…」
 隼人が折角話しかけてくれるのに自分は上の空だった。
 隼人の事をもっと見てたいのに、馬鹿な事ばかり考えてしまう。
「それじゃあね、ハルナ」
「ああ、また明日な!」
 春名と隼人の間にある壁は自分が作ったものなのに、壊す事が出来ない。見えない壁を手探りで探してる。出口を必死で春名は探してた。
 手を振って走っていく隼人の背中を見送ろうとした瞬間だった。


「秋山君!!」
「……あ、隣のクラスの」
 どうしたの?と隼人の声が聞こえる。
 十字路になっているせいで自分の姿が見えてないのか、男は隼人に話しかけた。
「そ、その……お、オレ」
「?」
「秋山の音楽が凄いなって思ってて、ギター弾く姿が本当にいいなって思って……それで、その…」
「えへへ、本当?ありがとう」
 隼人がにこりと笑うのがみなくても解った。
 普通のファンの言葉だ。なのに春名はそこから動けずに胸が針金のようにちくりちくりと痛む。
「……そ、それで、その……」
「うん?」
「お、オレ、秋山の事が好きなんだ!!」
「……え」
「っ!」
 その言葉を聞いた瞬間春名はバイトへと向けていた脚を翻していた。
「そ、その男同士だし気持ち悪いかもしれないけど」
「そ、そんなこと思わないよ!大丈夫!!」
「……ほ、本当か?」
「うん……でも…俺、その……」
「あ、アイドルだし、付き合えないの解ってる。だから、そのオレと一回だけデートしてほしいんだ!」
「デート?」
「うん、それで諦めるから……その、朝から夜まで一緒にいてくれるだけでいいんだ…」
「……」
「ダメかな…」
「……その、俺でよ―――」
「悪いけど」
 隼人の肩を抱きしめた。
「っ」
「若里?お前どうして此処に…」
「悪いけど、ハヤトはオレと付き合ってるから」
「……え」
「……う、嘘だろ?だって―――秋山と若里じゃ…」
「釣り合わない?」
「……っ」
 その言葉に隼人の顔が曇った。
 きっと誤解してるのは春名も解った。
 だって、隼人はやけに春名を美化するところがあったから。けれど、春名には解ってる。
 相手は春名には隼人がもったいないと言いたいことが解った。
「……い、いつから?」
「ハルナ…」
 隼人がどんな顔をしたのか解らない。
 どうしてこんなウソをついてるのか隼人も春名も解らない。けれど、隼人を取られたくなかった。可愛い女の子ならともかく、目の前のこんな男に。
「……秋山、本当?」
「え?」
「本当に、若里の事、好きなの?」
 嘘だよね、と言いたげに隼人に男は目線を送った。
「……」
 隼人はその瞳に一瞬戸惑ったようだったけれども、それでも「ごめん」と呟いた。
「……俺、ハルナの事、好きなんだ……」
 そう隼人が言った瞬間、春名の胸にどうしようもない高揚感がわきあがった。
「……っ」
「ごめん」
 そう言うと、男は泣きながら、はしっていく。
「……」
「……ハルナ」
 その姿を見て隼人は追おうとしたけれど、春名が隼人の肩をしっかりとガードしているせいで動けないようだった。
「うん?」
「どうして、そんな嘘ついたの」
「……だって、あのままだとハヤト、デート行ってただろ?」
「……でも、だからって……」
「……」
「酷いよ……」
 そう呟いた隼人の言葉に、ああまた隼人を傷つけてしまったと春名は思った。
「……ハヤト」
「……」
「オレのお願い聞いてくれる?」
「……いま…?」
「そう今」
「……なに、したらいいの…」
 そう言う隼人の手を春名は握った。心が跳ねる。
 ああ、もうごまかせないな、と春名は思った。
「……オレの話を聞いてほしいんだ」
「……」
「そこの公園に行こう」
「……うん」
 そう言って、隼人をあの日話した公園へと連れて行った。
 夕暮れ時だからか人は誰もいなくて、あの日と同じように春名は隼人をベンチに座らせた。
「……で、話って…」
「その前に」
「うん」
「目、閉じて」
「……?」
「……頼むから」
「わ、わかった」
 そう言って隼人はぎゅっと目を瞑った。
 ああ、可愛いなと春名は思った。あの時不意打ちでキスされるんじゃないかと想ったけれどもそれは自分の方だった。
 隼人の両頬をそっと包んだ。
 そして―――
「……っ」
 隼人の目が見開いた。
「ごめん、ハヤト。遅いけど、今更だけど」
「…ハルナ…今……」
「ハヤトの事好きだ」
「……っ」
「ハヤトに告白されて、目で追うようになって、それから毎日夢で隼人が出てくるようになって…」
「……ゆ、ゆめ?」
 そう言われて隼人は自分が春名の夢を見た事を思い出す。
「…ハヤトに引かれるかもしれないけど、えっちな夢」
「え、え?」
 真っ赤になる隼人をああ、可愛いなと春名は改めて思う。
「ハヤトの事、ああ、自分は好きなんだって思った」
「……す、好きって…」
「ごめん、もう遅いかもしれないけど、それでもオレは、」
 そう言って春名は隼人の目を見た。
 少し潤んで顔を真っ赤にしたその表情。
 夢でも出来なかったキスをやっとできた。隼人の唇は甘くて、よく食べてるだけあってかいちごの味がした気がした。初めてするキスはきっとドーナツの味がすると思ったのに。
 でも嫌いじゃない。むしろもっとしたくなるようなそんな味だった。



「ハヤトの事好きだ」
「……っ」
「ハヤトさえよければ、まだ俺の事好きでいてくれるなら―――」


 もう手を握らせて貰えないかもしれない。
 それでも、伝えたかった。


「…オレと付き合って下さい」


 頷いてほしくて、春名は目を逸らすことなく隼人に伝えた。
「……ハルナ」
「……ハヤト」
「ハルナの、ばか」
「……あはは、そう、だよな」
 ダメだったか、と思ったけれど気がつけば、隼人が春名に抱きついてきてそのぬくもりに戸惑いながらも春名は隼人の背中にそっと手をまわした。
「馬鹿、馬鹿馬鹿、俺、さっき言ったよ。ハルナの事好きだって」
「……っ」
「遅くなんてないよ」
「……ハヤト」
「俺も、ハルナの事がすき」
「……ハヤトっ!」
 そういう隼人にもう耐えきれなくてもう一度唇を重ねた。
 誰かが通るとか、アイドルなのに人目を気にした方がとかそんな事はもう考えられなかった。
 何度も何度も何度も隼人にキスした。
 本当はその場で押し倒したかったけれど、それはさすがに早すぎると我慢する事にした。
「……ハルナともうちょっと一緒にいたい…」
 でも隼人がそんな可愛い事をいうものだから、バイトが終わったらすぐ帰るから、と言うものだから家の鍵を渡して待ってて貰うようにした。
 今日は交通整理のバイトだけで助かった。
「……ハルナ、いってらっしゃい」
 そうはにかんで笑う隼人に、ああずっと見たかったのはこの笑顔なんだと思いだす。
「ああ、いってくるな」
 バイト先ではテンションが高くて仲間達に不思議な目で見られたけれども、春名は定時で上がると帰り道でジャムパンとドーナツを買って慌てて自分の家へと帰った。


「あ、ハルナ。おかえ――」
 ぱたぱたと玄関に迎えに来る隼人を見てそのまま耐えきれずに隼人の事を抱きしめる。
「……は、ハルナ?」
「ハヤト、キスしたい」
「……え、あ?」
 可愛い、とにかく隼人が可愛いと思いながら何度もキスすると隼人の顔がとろとろに溶けたようになって春名は耐えきれなくて、隼人を抱きかかえたまま自分の布団へと下ろした。
「……ハルナ?」
「ごめん、ハヤト」
「……っ」
 そう言われて隼人は頭の中で自分が春名の想いを気付くきっかけになった本を思い出す。
 まるであのシチュエーションのようではないか、と思って隼人は慌て出した。
「……え、えっちするの…?」
「……ハヤトは、セックスって知ってる?」
「……お、俺だって知ってるよ…」
「え!?」
「え、って何…?」
「だ、だって…」
「うん?」
「ハヤトだぞ??」
「は?」
 何を言ってるんだろう、この人は。と思っていると、
「だって、ハヤトは純粋だし、こう…セックスとかオナニーとか知らなそうだし…」
「おなにー?」
 何それ、と隼人が傾げると、「あ、そっちは知らないんだ」と春名は安心したようだった。
「……よく解らないけど、」
「うん」
「俺、春名とそういうことする本読んだ、から……」
「……え?」
「その、ファンの子が、くれた」
「……」
 そう言うと、今度は春名が意味が解らなかったようで首をかしげた。
「ファンの子がね、ハルナとその……付き合ってるって思ったらしくって…」
「う、うん……」
「ハルナと、えっちする本……くれた」
「……」
 その言葉にハルナは笑顔で何故か固まった。
「ハヤト」
「は、ハルナ?」
 そして、なぜか恐い顔をしてにこりと笑った。
 なんでだろう笑ってるのに恐い。
「……本のオレなんかよりもずっと気持ちよくしてやるからな」
「え?あっ…」
 そう言われて春名の手が服の中に入り込んできた。その手の冷たさに驚いただけなのに何故か上ずった声が鼻からでてしまう。
 隼人は慌てて声を抑えようとするけれども、春名に押さえつけられて何もできない。
 何度も何度も夢で繰り返しした事を今しようとしている。


「……ハルナ」


 ああ、自分は春名のものにされるんだと思うと、恥ずかしくて怖くて心臓が高鳴っておかしいのに、それでも、隼人は、




 うれしくてたまらなくて、涙を流した。  



 Twitterに載せたものになります。
 修正しようかと思ったのですが下手にいじると変になりそうで結局そのままにしております…。