「若里」
「はい?」
 笑顔を無理やり浮かべて上司の元へと行く。
「お前、明日の土曜空いてるか?」
「え……大丈夫ですけど」
 その日の予定を思い浮かべるが丁度オフだ。
 こんなオレでも大量のバイトを駆け落ちしているものの、必ず休日はとらない。そして、その休日が重なる日、というのは少ないけれどもあるものだ。
 もしかして、ヘルプに入って欲しいんだろうか、と思っていると「なら丁度良かったぜ」と親方と呼ばれる上司が春名に紙切れを渡した。
「これ、お前にやるよ」
「え…?」
 ライブのチケット。
 聞いたことのない英語のそのバンド。
「い、いや、ちょっと…」
「オレの娘が貰ったんだけども、丁度その日は忙しいみてえでな、どうせタダだし、お前行ってこいや」
「いや…でも…」
 行く相手もいないし、と思っていると、オレが倒れたことを知ってる同僚全員が「そうだそうだ」「可愛い彼女と行けよ」「たまにはちゃんと休めよ?」とクギをさしてくる。
「……わかりました」
 これは逃げられないな、と覚悟して仕方なく、チケットをかばんに詰めた。
 どうしようか、と思いながら、「それじゃあ失礼します」と手を振って外を出る。
「……」
 土曜、か。
 することがなかったのは事実だ。
 でも、だからといってどこかに遊びに行くつもりはなかった。
 相手もいなかったし。
 さて、どうしようか、と思ったところで高校時代の友人と連絡など取っていない。
 唯一自分が最近交流を取る相手とは――と考え、秋山の顔が思い浮かんだ。
 丁度いい、どうせあっちからラインが来るだろう、と思ってオレは携帯を開いた。
「……」
 いつからか、こうして仕事が終わるとすぐに携帯を見るのがもう日課になってしまった。
 これもそれもいつもこの時間になると秋山からラインが入るから。
 来ないな、と思うと何だかちくりと胸が痛くなるのを感じた。
「…はぁ……」
 って何でオレは秋山からの連絡なんて待ってるんだ?
 別にどうでもいいだろ、と思う。
 でも……


『若里さん』


 ふわりと微笑むあの顔を見るとなぜか心が温かくなる。
 不思議だ、あんなに嫌いだったはずなのに、今は見ないと落ち着かないだなんて。
 ……まるで―――
「……ハヤトっち〜〜!!」
「…」
 なんだ、うるさい声。
 そう思うと、丁度思ってたヤツがいた。
「うるさいですよ、シキくん」
「……今日も……元気……だね…」
「……」
 秋山は普通に笑ってた。
 くすくすと笑って、
「だってぇ〜ハヤトっち〜」
「はいはい、シキはしょうがないなぁ」
 後輩なのか同級生か解らないが相手の髪の毛をくしゃりとなでる。そして、オレに向けてくれた笑顔を他の相手にも惜しげもなく向ける。
 そんなの当たり前なのに。
 なぜかオレはショックでしょうがなかった。
「……っ」
 そのまま声をかければいいのに。
 なのに、どうして。
「……」
 そんなことを考えながら帰路に着く。
 丁度、今日は昼のバイトだけで、夜からは何もない。
 


『若里さん、ご飯ちゃんと食べましたか?』



「……お前のせいで食えない」
 秋山に看病してもらってからはこれでも毎日マトモな飯を食うようになっていた。
 倒れたからって事もあるし、上司に言われたのもあるけど、でも―――
「……くっそ…」
 なんで、こんな振り回されなきゃいけないんだ。
 オレの隣で笑ってれば、こんな気持ちにはならないのに。
「……」
 その日は疲れていて、まだ夕方だというのに横になるとなんだか眠気が襲ってきた。


「……若里さん」
「……秋山?」
「もう、疲れてるんですか?」
 仕方ないなと言って、秋山は笑っていた。
 ピンク色の母ちゃんがよく着ていたエプロンがよく似合っていて、なんだかそれを見るとホッとした。
「……秋山」
「……若里さん」
「…?」
 そっとオレの名前を呼んで、秋山隼人はゆっくりと下に下がっていく。
 そして―――
「なっ……!」
「んっ……凄い…若里さんのチンコ……凄い匂い……」
 オレのパンツを下ろして事もあろうか、オレのチンコをスーハースーハーと匂いを嗅ぐ。
 厭らしいけれども嫌じゃない。
 あの綺麗な眸が目を潤ませて、まるでご馳走を目の前にしたかのように涎をたらす。
「……あ、秋山……汚いだろ?」
「……そんなことないよ?」
「…っ」
 そう言って、あのかわいらしい顔をオレのチン毛に埋めた。
「……凄い溜まってる…」
「あ…」
 そう言って、口をゆっくりと開いて――


「っ!!」


 それ以上は見たくない!!と思った瞬間、自分が大量の汗をかいてることにいまさら気付いた。
「……はぁ……」
 苦しい。
 辛い。
 でもそうじゃない。
 自分は何であんな夢を見た?
 あんな、厭らしい夢を。
「……」
 慌てて、バイト先のヤツから「これやる」と言われて始末するのも面倒で仕舞っていた適当なエロ本を手にとった。
 ビデオなんて代物はないから、適当なページを開く。
「……」
 勃っている自分の逸物をオレは手にとって、扱きながらページをめくる。
 女性らしい柔らかなその肉体は見ているだけでも触れれば気持ちいいことが解るのに、それでもまったく興奮しなかった。
「……っ」
 さっきの夢だったら、
「……ぁっ……」
 そのまま、秋山がオレのを口に入れて、喉の奥までしゃぶって、
「くっ…」
 苦しそうに涙を浮かべながらそれでも必死に顔を上下に振るんだろう。
 それだけじゃなく、全部は入りきらなくて、あのギターを弾いているという指先で必死でオレの根元を擦って…
「っ!!」
 そして、最後は、オレのものを呑むんだろうか?
 それとも顔に?
 そんなことを妄想していると、そのまま精液がドクドクと外へ出た。
「……はぁ…」
 いつの間にか扱く手は早くなっていたようで、久しぶりのオナニーは大量に外に出すことになった。
「……何なんだよ、まったく…」



 おかしい。
 そう思った瞬間、ラインのメッセージが届く。
「……っ」


『若里さん、お疲れ様です』
「……」


   秋山隼人のたった一言のメッセージ。
 でも、これは自分だけに向けられたものじゃない。
 知ってた。
 だって、彼は―――


「……」
『仕事中ですか?』
『寝てた』
『あ、起こしちゃいましたか!?』
 ごめんなさい、とスタンプが送られてくる。
 何気ない話が続き、そして、オレはふと、かばんの中に乱暴に突っ込んでいたチケットが出てきた。
 それを拾い上げて、とっさにラインでメッセージを送った。


『次の土曜日、一緒にでかけないか?』



 その言葉に―――


『行きます!!』


 すぐ様、秋山が返事を返してきた。
 それに対してオレは気がつかないうちに笑っていた。



 少なくとも早く土曜日が待ち遠しいと思うくらいには。





「……ご、ごめんなさい!!」
「……」
「……あ、あの、怒っちゃいましたか?」
「別に」


 あれから若里さんとよく会うようになった。
 毎朝、電車の中で会うものだからとうとう「毎日一緒に行けばいいだろ」といわれるくらいには。
 そして、今日は―――
「秋山」
「え……」
「寝癖ついてる」
「あ」
 若里さんが誘ってくれた。
 何でもバイト先の人からチケットを貰ったらしくて、それなら可愛い女の子と行けばいいのに、なぜか「恋人とかいねえし、オレとじゃいや?」だなんて断れる人がいるだろうか?
「……わ、わかざとさ……」
 ああ、今自分でカチコチになってる、恥ずかしい。手と足一緒に出てないかな。ああ、もう。
 そう思っていると、
「ほら、始まっちまうぞ」
「は、はい」
 手を握って若里さんが歩き出す。
「……」
 うぅ、スマートで格好良いなぁ……だなんて思ってしまう。モテる男は違う。
 今だってほら、若里さんの姿をちらちらと女の子が見ていた。
「……そういえば、何見るんですか?」
「んー……」
 そういって、じっと若里さんはチケットを見つめた。そして、
「インディーズバンド?」
「え……」
 てっきり映画かと思ったけれど、どうやら違ったらしい。
「なんか、つい最近人気のバンドらしいんだけど…」
「へぇ…」
 そういわれてチケットを見ると、自分たちと同じ高校生バンドだった。
「…あ、これ」
「知ってる?」
「なんか、凄いってのは聞きました!」
「なんかすごいって…」
「?」
 何か変なことを言っただろうかと思っていると、若里さんはくすくすと笑っていた。
「・・・あ」
「どうかしたのか?」
「い、いえ」
 笑った。
 若里さんが笑ったのを見たのは二度目。
 あの時と、今と。
「……」
 もっと見たいな。
 でも、多分見せてくれないんだろうなと思いながら俺は若里さんの手を握り返した。
「……」
 ライブハウスは人がいっぱいで、勿論丁寧に座ってる人なんていなくて、開始の合図のドラムがなったと同時に皆立ち上がりだす。
「…っ!」
 俺も心臓を抉り取るようなその音にあわてて立ち上がった。
 けど、
「……」
 若里さんだけは違った。
 隣を見れば遠くをじっと見ていて、つまらなさそうにしていた。
 誰も彼の事なんて気にしていない。
 きっと若里さんも、
「……若里さん」
「…秋山」
「帰りますか…?」
「いや……」
 具合悪いんですかとは聞かなかった、俺が聞くと首を振った。
「でも…」
「いいんだ」
「……」
「秋山は楽しんでて」
「……」
 何だよそれ、と思ったが、「楽しくない?」といわれたら仕方ない。
 それでも立って騒ぐのは何だかアレで、五曲目が始まる前に俺も座った。
「?」
「……」
 馬鹿、馬鹿、でもそれをいえなくて、俺はただ、狭いライブハウスで押されるように若里さんに寄りかかった。
「……秋山?」
「わかざとさんのばか」
「……」
 そう言うと驚いたように目を丸くしたけれど、その後の声は聞こえなかった。


「         」



 ギターの音が響く。
 美しいその音は俺の音とは比べ物にならないくらい上手くて、しっとりとしたその切ないメロディーは俺の今の気持ちとあわさって、ただ苦しかった。
「ごめんな」
「……?」
 そう言って、なぜか肩に手を回された。俺が顔を上げると凄く近くに若里さんの顔があった。


「ラストォーーーーー!!」




 ステージに立つボーカルが楽しげに叫んだ。
 その瞬間、
「……」
 若里さんの顔が近づく。
 ゆっくりと、まるで唇が近づくんじゃないかってほどに。
 慌てて目を瞑ると、若里さんが息を呑む音が聞こえた。
 それから、
「え…」
「好きなんだろ?」
「…っ」
 ぐいっと腕を掴まれた。
「…あ」
 周囲はアンコールを渇望している声でいっぱいだった。
「……」
「ありがとう!!」
 マイク越しに聞こえる、声。
「……」
 若里さんに顔を向ける。今度は少しだけ困ったように笑った。
「……あ」
 曲が流れる。ギターが響く。跳ねながら歌う。ドラムとベースの音が楽しげに躍る。
「……」
 けれど、若里さんから目が離せなかった。
「……」
 たった数分の音楽が終わり、アナウンスが流れる。
 そして、「秋山のギターが今度は聞きたいな」といわれた。
「……あ…」
「うん?」
「今度、学園祭が……」
「そういえばそんな時期だっけ」
「……は、はい」
 まばらに散っていく客。スタッフが「急いで!」という声がした。若里さんがまた俺の手を握る。
「秋山」
「?」
「オレの家行こうぜ」
「え……」
「……あれから部屋綺麗にしたからさ」
「本当ですか?」
「本当本当」
 学園祭に誘おうとしたら、なぜかそんなことを言われた。
「…嫌?」
「っ!!」
 ぶんぶんと首をふってそんなことはないという。
 若里さんはずるい。
 そんなこと言われたら嫌だなんていえるはずない。
「じゃあ、行こうぜ」
「は、はい」
 そう言って、若里さんについていく。
 いつもなら俺のほうが話してるのに、今日は若里さんの方が話してた。
「…入って」
「は、はい」
 若里さんの家に来たのは二回目だ。
 あの風邪のとき以来。
 本当に部屋の中に入ると、若里さんの家は片付いていた。
「本当に綺麗だ!」
「何だよ、信じてなかったのかよ」
「……えへへ、だって…」
 この前凄かったからーーーと声をつむごうとした瞬間だった。
「……え」
「……」
 何されてるんだろう。
 舌を口に入れられて、じゅぶじゅぶという音が聞こえた。
「…んっ、んんっ……」
 若里さんにキス、されてる。
 どうして、と思っていると、舌が絡み付けられた。
「や……んっ…んっ…」
「……んっ」
 そして、ゆっくりと若里さんの顔が離れていく。白い線が間に出来てぷつりと途切れた。
「……わかざと、さん?」
「…いや?」
 どうして、そんなこときくんだ。だって、そもそもこんなの女の子にすることじゃないか。
 そう思ってるのに、
「…いやなら殴れよ」
「……え…や…」
 そのまま相手はもう一度唇に触れた。
「っ!!」
 そして冷たい手がゆっくりと、
「っ……あ…」
 服の中に入ってくる。若里さんが、俺の手を今日一日握ってくれてた手が、遠慮なく、俺の胸を弄った。
「……んっ…んんっ…」
 乳輪がぎゅっと握られる。
 そんなところ、普通は触らない。
 ううん、もう今の状態が全部全部おかしい。


「……んっ…」
 そんなところを揉んだって何も楽しくないのに、若里さんが遠慮なく肉を集めて優しく揉む。
「そんなとこ……楽しくない…です、よっ」
「……」
「俺、おんなのこ、じゃ……」
「知ってる」
 知ってる。
 そうだそんなの知ってるに決まってる。
 ならどうして?
 だって、若里さんなら女の子なんて簡単につかまるじゃないか。
 こんな格好良い人―――
「……秋山は、」
「っ…」
「いや?」
 そう言った若里さんの顔は酷く寂しそうだった。
 それでいて、獣みたいに俺を見ていて、そんな眸で見られたら嫌だなんて言えない。
「……」
 シャツが脱がされて肌寒いと感じる。
「………っ」
「寒い?」
「……あ」
 そう言うと、なぜか強く抱きしめられた。
 ずるい。
 どうして、時折そんな風に優しくするんだろう。
 抱きしめられたまま、また顔が近づいてキスされた。
 こんなキス知らない、角度を何度も変えて、舌の裏側が舐められた。頭が真っ白になってもう何をされてるのか解らなくて、
「…っ、や……あっ…」
 気付いたときにはズボンが脱がされていて、そんなところ辞めてという前に肛門が弄られていて、ぐじゅぐじゅと鳴る水音に自分が何をされてるのか解らなくて、
 そしてそのまま―――
「あ、あぁ、や、あっ」
 俺は、若里さんのオンナにされた。
 そう思った。
 だって、そんなところにあんなものがそうじゃなきゃ入るわけがない。
 嫌だ、辛い。
 痛くてどうしようもないのに、もう嫌だ。
 変だ。
 もう自分は全部変になってしまった。おかしいこんなの。
 嫌だ、やめて。
 そう思うのに。
 どうして、どうして…、どうして―――
「…あ……」
「秋山…あきやまっ」
「……っ」
 おれは、このひとをこばめないんだろう。
 散々、暴かれた。
 こんなの強姦と一緒なのに、なのにどうしても憎めなかった。何度も何度も体を揺さぶられて、痛くてどうしようもないのに、俺は気付かないうちに彼の事を抱きしめていた。
「っ……」
 ずるい。
 涙が溢れ出て止まらない。
 それは痛みによるものだったのか、屈辱だったのか、あるいは―――この胸に湧き上がる熱い何かのせいだったのか。  



 きっと自分は何も解らなかった。



 ただ、解るのはこの人に笑ってほしい。ただそれだけ







 綺麗なものを憎んだ。
 綺麗なものは怖い。
 だって、ずぶずぶと汚い自分はどう手を伸ばしてもそれをつかめないことを知っているから。
 だから、憎んで、嫌って、こんなものは偽者だということにした。
 けれど、本当に綺麗なものはどれだけ傷つけても意味がないんだと苦しいほどに知らしめられる。
 あの美しいピンク色の瞳が、オレを捕えて離さない。
 放っておいてくれと言いたいのに手を伸ばして離さない。
 嫌いだと思っていた。
 嫌いになりたかった。
 けれど、本当に綺麗なものを愛さずにいれない人間なんているんだろうか?
 きっといない。
 余りにも綺麗で眩しくて目を伏せるか、遠ざけるかしかできない。
 そして、欲しいと焦がれたときに気付くんだ。



 どう足掻いても、綺麗なものは皆に愛されていて自分だけのものにならないんだって。



 なのに、オレは綺麗なものを自分だけのものにしたくて、綺麗なものを自分のところまで堕ちて来てくれないかと酷いことをした。
 でも―――



「……秋山、ごめん…」



 裸で眠る秋山を見て泣きそうになった。
 泣く資格なんてない。
 そんなものが自分にまだあったことも驚きだけれど、泣きたいのは秋山の方だろう。


 もう終わりにしよう。
 解ったんだ。
 綺麗なものにやっぱり手を伸ばしたらいけなかったんだって。



「……わかざとさん…?」
「…っ……」
「ないてる…?」


 なのに、どうして、


「……泣かないで」
「……っ」
「俺、大丈夫だから……」
「…」
「だから―――」



 それでも、勘違いしてしまうんだ。
 どんなに遠くて眩しい綺麗な星だって、


「……秋山…」
「……わかざとさん……」



 俯かなければその輝きに手が届くんじゃないかって
 そんなこと、できるわけないのに




この若里春名はなんと、クズ里という名前を頂きました。
クズ里春名……なんということだ…
ちなみにヒモ春名は多分ダメ里です。
普段の春名がスパダリのイケメンだからある意味均衡がとれていていいかもしれません(?)